シニア夫婦の生きる道 なぜ私たちは別れないのか(1)

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皆さん、こんにちは!

定年まで残り数か月の福子です!

逆境に負けず今日も進んでいます(^^)/

今日は朝からピーカンでした。
汗だくの散歩から今日も始まりました。

朝散歩の空
朝7時くらいの関東地方の空 すでに暑い!!

いきなりタイトルが過激で
すみません。
普通ならここは、
「円満夫婦の秘訣」とか
「愛があふれる家庭」とか
そんなタイトルがくるべきところ
しかし・・
「なぜ私たちは別れないのか」
      ・
      ・
勘のいい方ならおわかりでしょう。

毎日けなげに夫に尽くしている風の
福子でも今まで何度別れたいと
思ったことか・・・

今日はそんな腹ぐろ福子の夫への本音を
書いておこうと思います。
一度で書ききれないのでシリーズで
いきます。(長編になるかも🥱🥱)
一番読ませたいのは夫ですが、
ぜったい内緒です(笑)

特に参考になる話でもありませんので
時間つぶしにでも読んでいただけたら
と思います。

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夫は「結婚できない男」だった?

ご存じの方もいるかと思いますが、
夫(福男とします)68歳
妻(福子)    59歳
10歳近く離れております。

福男が33歳、福子が24歳の
時に結婚しました。

今じゃ、男の33歳なんて若いけど
当時男は30歳前、女は25歳前に
結婚するのが普通だったと思う。

なにしろ時は昭和・・・

女性の適齢期なんてXmasケーキに
例えらえていましたよね。
24歳が一番高値、25歳になると半額・

なんとか24歳までには・・・って
いうのが女子の暗黙のルールだったような。

夫がなぜ30歳過ぎても結婚しなかったのか
それは福子の大学卒業や両親の承諾を
待っていたから・・・
ちなみに福子はこの時、九州
福男氏は関東におりました。

福男の職場の面々は、福子の存在を
知らず、「結婚できない男」
思っていたようです。

「結婚できない男」 の快進撃

福子、晴れて卒業しその後親の承諾も
得ていよいよ結婚、

何度もしつこいけど時は昭和・・
妙に派手な結婚式、ハネムーンは
ヨーロッパ・・バブルの時代です。

関東で始まった新婚生活💖💖

福男自身も舞い上がっていたけど
周りの評価もググーーンと
赤丸急上昇したはず・・・

「結婚できない男」から一気に
若いピチピチの松田聖子
(髪型だけ)
の妻(福子)をGETした男へ・・
🥇

はじまった新婚生活

当時の福男氏、会社では仕事バリバリ
酒もマージャンもゴルフもたしなみ、
まずまず出世コースを走ってました。

福子も年上の福男氏を信じ切って
初めての関東での生活をエンジョイして
おりました。

誰でもそうだけど、新婚時代って
楽しいよね。つまんないことでけんかして
ふくれたり泣いたりして・・・

今じゃ、泣いたってちっとも可愛くないし。
だれもかまってもくれないけど・・

子どもができた・・・

結婚して半年過ぎたころ、
福子の妊娠が発覚!!
それはそれは大喜びの福男氏

健診にも毎回せっせと付き添い、
私のために出産育児本を買ってくる・・
ついでに自分も読んでみる。。
もちろん父親教室?にも参加し
そしてなぜかドライフルーツの
栄養価を信仰している福男氏・・
良い子を産んでくれよとばかりに
どっさり買ってきていましたわ。
悪いが福子はレーズンとドライバナナは
大嫌い・・・ぜったい無理、、

子どもを産むときは里帰り出産というのが
当時の通例だったと思う。福男氏の会社でも
私の友だちもみんなそうしていた。

運命を変えたかもしれない言葉

うちの場合、実家は九州で遠い・・・
九州から親に来てもらうのもなぁ・・・
(当時、父親入院中、その後他界)

1986年スキー
スキーが得意な福男氏 毎年行ったなぁ

そこで福子・・・
まるで自分が出産するかのように
一生懸命になってわが子の誕生を
待っている福男氏と離れ離れになるのは
忍びない。生まれた子どもはまず
一番に福男氏にだっこさせてあげたいと
思ったんですね~

「九州には帰らない、福男さんの
そばで産む」
・・・・・
今思えば、この一言がそれからの
夫婦の運命を変えたような気がする。
いや、まさに変えたんです!!

こんなわけで2人だけで出産を
迎えることとなった。
内心、めちゃくちゃ不安でしたよー

最初の子育てなんか・・わからない
ことだらけ。夫婦2人で夜通し子どもの
夜泣きに付き合ったこともしばしば・・😭😭

こうやって3人の子どもを
福男氏と2人だけで産んで育てました。

今みたいにコンビニとかなかったし
スーパーに総菜コーナーもなかった。
携帯も無い時代・・・・

とにかく2人で必死だった日々・・

時は平成となっていましたが・・・
いろいろありましたよねーー

とにかくいろいろいろいろ
ありました。

大変ですよ。子育て・・・・

忘れられないことば

子育てがひと段落したころ、福男氏が
ポロっと言ったんですよ。

「福男さんのそばで生みたい」という
ことばが一番うれしかった
なぁって

そうか・・・あの一言でその後の30年・・
一生懸命働いて家族を守ってくれたんだー

男って単純~・・いや違った・・
あの一言を覚えてくれていたなんて
福子、感激~~💞💞

じゃぁ、順風満帆だったか??

いえいえ、とんでもございません。

夫の悪い癖にさんざん苦しめられ
ました。(怒)

悪い癖というと、主なのはお酒ですかね。
弱いくせに飲みたがる・・・
働き盛りの頃は付き合いの飲み会も多く
飲みつぶれた夫を何度迎えに行ったことか。
救急車のお世話にもなったし
警察から電話もらって血相変えて
迎えに行ったよな~~
飲んで財布を失くして帰ったり
交通事故にもあってくれちゃったし
あー言い出すと止まらない(笑)

でもやっぱり逃げ出せない

いいことばかりじゃなかった。。
相手選びを後悔したこともあるし・・・
恨みつらみもある。

でも福男氏の良いところを探そうと
言い聞かせてなんとか乗り越えた。

そしてやっとここまできたのに
病気になりやがって・・・
ばっかやろーーーと叫びたいけど。🤬🤬

続きは長くなるのでまた次回。


↑2人で過ごす夜にはコレ!

明日も夫と朝散歩・・・

それではみなさん、また明日!